ブラジル代表は「サッカー王国」として、常に世界の中心に存在してきました。
その中でも、ロナウドは2002年ワールドカップで王国復活の象徴となった存在です。
しかし、その後のブラジルは必ずしも順風満帆ではありませんでした。
本記事では、ロナウド以降のブラジル代表が歩んできた栄光、迷走、そして再生への模索を振り返ります。
ロナウドが導いた2002年の王国復活
2002年の日韓ワールドカップは、ブラジル代表にとって特別な大会でした。
怪我に苦しみながらも復活を遂げたロナウドは、大会を通じて圧倒的な決定力を発揮し、得点王としてチームを優勝へ導きます。
この優勝により、ブラジルは史上初となるワールドカップ5度目の制覇を達成しました。
ロナウドは「フェノーメノ(怪物)」の名にふさわしい存在として、世界中のファンに強烈な印象を残します。
ロナウド後の世代交代と試行錯誤
ロナウド、ロナウジーニョ、カカといったスターが揃った2000年代中盤のブラジルは、個々の才能では他国を圧倒していました。
しかし、2006年ドイツワールドカップでは、期待とは裏腹に準々決勝で敗退します。
この敗戦は、「個の力に頼りすぎている」という批判を招き、ブラジル代表のスタイルに疑問が投げかけられました。
以降、攻撃的な伝統と、現代サッカーに求められる組織力とのバランスが大きな課題となります。
2010年大会と現実路線への転換
2010年南アフリカワールドカップでは、堅守速攻を重視した現実的なスタイルで大会に臨みます。
華やかさは抑えられたものの、チームとしての完成度は高く、安定した戦いを見せました。
しかし準々決勝で逆転負けを喫し、再び頂点には届きませんでした。
この結果は、勝利と魅力を両立させる難しさを改めて浮き彫りにします。
自国開催で味わった屈辱
2014年ブラジルワールドカップは、王国にとって忘れられない大会となりました。
自国開催という大きな期待を背負いながらも、準決勝で歴史的な大敗を喫します。
この敗戦は、単なる結果以上の衝撃を国内外に与え、ブラジルサッカーの在り方そのものが問われる出来事となりました。
精神面、育成、戦術、すべてにおいて見直しが迫られます。
ネイマール時代の希望と限界
2010年代後半、ブラジル代表はネイマールを中心としたチームへと移行します。
彼は卓越した技術と創造性で攻撃をけん引し、王国の新たな象徴として期待されました。
2018年ロシアワールドカップ、2022年カタールワールドカップでも優勝候補と目されましたが、いずれもベスト8で敗退します。
ネイマール個人の能力は世界最高峰である一方、チーム全体としての完成度に課題が残りました。
再生を目指すブラジル代表
近年のブラジル代表は、欧州クラブで鍛えられた選手を中心に、組織力と個性の融合を模索しています。
守備戦術の整備や、若手の積極起用など、かつての王国とは異なるアプローチも見られるようになりました。
ロナウド時代の圧倒的な個の輝き、ネイマール時代の苦闘を経て、ブラジルは新たな時代のサッカー王国像を探し続けています。
まとめ
ロナウド以降のブラジル代表は、常に「王国」としての期待を背負いながら戦ってきました。
頂点に立った2002年以降、挫折と試行錯誤を重ねながらも、再び世界の中心に返り咲くための挑戦は続いています。
ブラジルサッカーの物語は、今もなお進化の途中にあるのです。













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