ASローマ:イタリア

 

ASローマ(Associazione Sportiva Roma)は、イタリアの首都ローマを拠点とするプロサッカークラブで、セリエAにおける長い歴史と情熱的なファン文化で知られています。

1927年に創設されたこのクラブは、イタリアサッカー界で確固たる地位を築き、数々のタイトルと名選手を輩出してきました。

この記事では、ASローマの歴史を振り返り、その中で活躍した主な選手たちを紹介しながら、その魅力を探ります。

創設と初期の歴史

ASローマは1927年7月7日、ローマ市内の3つのクラブ(フォルティトゥード=プロ・ローマ、アルバ=アウダーチェ、ローマンFC)が合併して誕生しました。

この合併は、当時のファシスト政権がローマを代表する強力なクラブを作ることを目指した結果であり、ライバルのSSラツィオだけが合併を拒否したことで、後に有名な「デルビー・デッラ・カピターレ(首都ダービー)」が生まれました。

クラブは初年度からセリエAの前身であるディヴィジオーネ・ナツィオナーレに参加し、1930-31シーズンにはユヴェントスに次ぐ2位を記録。

キャプテンのアッティリオ・フェッラーリスやロドルフォ・ヴォルクらが活躍し、早々に存在感を示しました。

初のリーグ優勝は1941-42シーズンに訪れました。

アメデオ・アマデイの18ゴールが牽引し、アルフレッド・シェーファーの指導の下で初のスクデットを獲得。

第二次世界大戦中にもかかわらず、ローマはイタリアサッカーの頂点に立ちました。

しかし、戦後は低迷し、1950-51シーズンにはクラブ史上唯一のセリエB降格を経験。

翌年にはジョゼッペ・ヴィアーニ監督の下で即座に昇格を果たし、再びトップリーグでの地位を固めました。

黄金期とタイトル獲得

1960年代以降、ローマはカップ戦で成功を収め始めます。

1960-61シーズンにはインターナショナル・シティーズ・フェアーズ・カップ(後のUEFAカップの前身)を制し、初の欧州タイトルを獲得。

1964年と1969年にはコッパ・イタリアを制覇し、フランチェスコ・ロヤコーノやジャコモ・ロージといった選手が名を馳せました。

しかし、リーグ戦での成功は遠ざかり、1970年代は3位(1974-75)が最高成績でした。

1980年代に入ると、ローマは新たな黄金期を迎えます。

1979年にディノ・ヴィオラが会長に就任し、ニルス・リードホルム監督の下でチームを再構築。

1980-81シーズンにはユヴェントスに僅差で敗れ準優勝に終わりましたが、1982-83シーズンに2度目のスクデットを獲得しました。

このシーズン、ロベルト・プルッツォのゴールとパウロ・ロベルト・ファルカンの創造性が光り、ブルーノ・コンティやアゴスティーノ・ディ・バルトロメイが攻守に貢献。

翌1983-84シーズンには欧州チャンピオンズカップ決勝に進出するも、リヴァプールにPK戦で敗れました。

2000年代の復活とトッティ時代

2000年代初頭、ローマは再びセリエAの頂点に立ちます。

2000-01シーズン、ファビオ・カペッロ監督の下で3度目のスクデットを獲得。

 

 

最終節のパルマ戦(3-1勝利)でユヴェントスを2ポイント差で振り切り、フランチェスコ・トッティがチームを牽引しました。

この時期、アルダイール、カフー、ガブリエル・バティストゥータ、ヴィンチェンツォ・モンテッラといったスター選手が揃い、ローマの攻撃力は際立っていました。

トッティはクラブの象徴となり、歴代最多出場(786試合)と最多得点(307ゴール)の記録を樹立。

2006-07シーズンには欧州ゴールデンシューを獲得し、イタリアの至宝として称賛されました。

 

 

2000年代後半には、ルチアーノ・スパレッティ監督の下で11連勝のリーグ記録を樹立(2005-06)し、2007年と2008年に連続でコッパ・イタリアを制覇。

しかし、スクデットには届かず、ユヴェントスやインテルとの競争で2位が続きました。

近年の挑戦と欧州での成功

2010年代以降、ローマは安定した上位クラブとしてセリエAに君臨しつつも、リーグ優勝には手が届いていません。

2017-18シーズンにはUEFAチャンピオンズリーグで準決勝に進出する快挙を達成。

 

 

バルセロナを劇的な逆転で下した試合は、ファンに深い感動を与えました。

エウゼビオ・ディ・フランチェスコ監督の下、エディン・ジェコやダニエレ・デ・ロッシが活躍しました。

2021-22シーズン、ジョゼ・モウリーニョ監督の就任とともに新たな歴史が刻まれます。

初代UEFAヨーロッパ・カンファレンスリーグで優勝し、フェイエノールトを1-0で破って欧州タイトルを獲得。

ニコロ・ザニオーロの決勝ゴールがローマに久々の栄光をもたらしました。

しかし、2022-23シーズンのUEFAヨーロッパリーグ決勝ではセビージャに敗れ、さらなる飛躍が期待されています。

 

 

主な所属選手

ASローマの歴史を彩った選手たちを紹介します。

フランチェスコ・トッティ(1993-2017)

 

「ローマの王」と呼ばれ、クラブ一筋で24年間プレー。

セリエA優勝(2000-01)、コッパ・イタリア2回を獲得し、テクニックとリーダーシップでファンを魅了しました。

パウロ・ロベルト・ファルカン(1980-1985)

 

ブラジル出身の天才MFで、1982-83シーズンのスクデット獲得に貢献。

優れたパスセンスと戦術眼で「第8の王」と称されました。

ブルーノ・コンティ(1973-1991)

 

ローマ育ちのウイングで、1982年のワールドカップ優勝メンバー。

1983年のスクデットでも重要な役割を果たしました。

ロベルト・プルッツォ(1978-1988)

 

得点王を3度獲得したストライカーで、1980年代のローマを支えました。

ガブリエル・バティストゥータ(2000-2003)

 

アルゼンチンの伝説的FWで、2000-01シーズンの優勝に貢献。強烈なシュートが特徴でした。

ダニエレ・デ・ロッシ(2001-2019)

 

トッティに次ぐローマの象徴で、堅実な守備と情熱的なプレーが持ち味。ワールドカップ優勝(2006)も経験。

エディン・ジェコ(2015-2021)

 

ボスニア出身のストライカーで、2016-17シーズンに得点王を獲得。コンスタントにゴールを重ねました。

未来への展望

2025年現在、ローマはセリエAで中位を維持しつつ、さらなる成功を目指しています。

モウリーニョ退任後もダニエレ・デ・ロッシが監督としてチームを率い、若手選手の育成とベテランの融合を図っています。

スタディオ・デッラ・ローマの新スタジアム計画も進行中で、クラブの成長が期待されます。

歴史と伝統を背負い、ローマは今後もイタリアサッカーの中心であり続けるでしょう。

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