スコットランドの地で「韋駄天」がさらに進化した姿を見せています。
かつてJリーグでその快速を武器に得点王に輝いた前田大然は、今や欧州の舞台で得点力と献身性を兼ね備えた「完全無比なアタッカー」へと変貌を遂げました。
本稿では、山梨学院高校時代に経験した挫折から、松本山雅FCでのプロデビュー、横浜F・マリノスでの飛躍、そして現在のセルティックFCでの圧倒的な活躍まで、前田大然が歩んできた波乱万丈のキャリアをプロライターの視点で紐解きます。
絶望からの生還:山梨学院での「空白の1年」と再生
前田大然というフットボーラーを語る上で、避けて通れないのが高校時代の挫折です。
地元・大阪を離れ、名門・山梨学院高校に進学した彼は、1年生の冬にサッカー部から無期限の除籍処分を受けることとなりました。
当時の彼は、自らの言葉を借りれば「やんちゃ」であり、周囲に多大な迷惑をかける行動があったと振り返っています。
約1年間、彼はサッカーから離れ、一般生徒として生活することを余儀なくされました。
仲間たちが全国高校サッカー選手権の舞台で戦う姿を、彼はスタンドから見守るしかなかったのです。
しかし、この絶望的な「空白」こそが、彼のサッカーに対する姿勢を根底から変えました。
当時の監督や周囲の支え、そして何より本人の猛省により、3年生の夏に部への復帰が許されます。
復帰後の彼は、失った時間を取り戻すかのようにピッチを駆け抜け、その類まれなるスピードはプロのスカウトの目に留まることとなりました。
この時、彼の中に芽生えた「周りへの恩返し」という強い決意が、現在の献身的なプレースタイルの原点となっています。
快速スターの誕生:松本山雅からポルトガルへ
2016年、J2の松本山雅FCでプロキャリアをスタートさせた前田は、その圧倒的なスプリント能力で瞬く間に注目を集めました。
2017年に期限付き移籍した水戸ホーリーホックでは、リーグ戦13得点を記録。
相手ディフェンダーを置き去りにするスピードは「J2屈指」と評され、若きスピードスターとしての地位を確立します。
その後、松本に戻りJ1昇格に貢献すると、2019年にはポルトガルのマリティモへ期限付き移籍。
初めての海外挑戦では、言葉の壁やスタイルの違いに苦しみながらも、欧州の屈強なディフェンダーと対峙する経験を積みました。
この時期の苦労が、後に彼が海外リーグで「通用する」だけでなく「圧倒する」ための糧となったのは間違いありません。
横浜での覚醒:アンジェ・ポステコグルーとの出会い
前田のキャリアにおける最大の転換点は、2020年の横浜F・マリノスへの加入、そしてアンジェ・ポステコグルー監督(当時)との出会いでした。
ポステコグルーが標榜するアグレッシブな「アタッキング・フットボール」において、前田のスプリント能力は単なる攻撃の武器にとどまらず、最強の「守備の武器」としても機能し始めます。
2021年シーズン、前田は23ゴールを挙げ、J1得点王とベストイレブンをダブル受賞しました。
特筆すべきは、その得点パターンの豊富さです。
持ち前のスピードで裏へ抜ける形だけでなく、クロスへの飛び込み、そして泥臭い詰めなど、ストライカーとしての嗅覚が完全に研ぎ澄まされました。
また、1試合平均のスプリント回数で驚異的な数字を叩き出し、「前田が追い回せば相手のビルドアップは破壊される」という恐怖を対戦相手に植え付けたのです。
セルティックでの「忍者」:欧州を震撼させるプレッシング
2021年末、ポステコグルー監督の後を追うようにスコットランドの名門セルティックFCへ移籍すると、前田は瞬く間にグラスゴーのファンの心を掴みました。
現地メディアやファンからは、神出鬼没なプレッシングと圧倒的なスピードから「忍者(Ninja)」の愛称で親しまれるようになります。
セルティックでの彼は、単なるウインガーの枠を超えた存在です。
左サイドを主戦場としながら、前線からのハイプレスを90分間絶え間なく続け、相手のミスを誘発します。
2024-25シーズン、前田はさらなる進化を見せました。リーグ戦34試合で16ゴール、公式戦全体では30ゴールを超えるという、キャリアハイの得点力を発揮。
チームの国内タイトル獲得に大きく貢献し、リーグ年間MVPの最有力候補に挙げられるほどの評価を確立しました。
2025-26シーズンに入ってもその勢いは衰えず、2026年1月現在、スコティッシュ・プレミアシップで19試合7ゴールを記録。
UEFAヨーロッパリーグの舞台でも主力としてピッチに立ち続けています。
28歳を迎え、選手としての円熟期に入った彼は、今やスコットランド最強のクラブに不可欠な「勝負師」となっています。
日本代表としての誇り:カタールから2026年へ
日本代表においても、前田の存在感は唯一無二です。
2022年カタールW杯では、グループステージのドイツ戦やスペイン戦で先発出場し、驚異的なプレッシングで強豪国を翻弄しました。
決勝トーナメントのクロアチア戦では、待望のW杯初ゴールを記録。
彼の献身的な走りが、日本の「新しい景色」への挑戦を支えました。
現在は2026年W杯アジア最終予選を戦う「森保ジャパン」の常連として、左サイドのファーストチョイスに君臨しています。
爆発的なスピードだけでなく、最近では空中戦での驚異的な跳躍力や、ボックス内での落ち着きも加わり、より完全なアタッカーへと進化を遂げています。
通算26キャップ4得点(2026年1月時点)という数字以上に、彼がチームにもたらす「戦う姿勢」と「走りの質」は、日本代表の戦術的支柱となっています。
最後に:走り続けるその先に
山梨学院での挫折から10余年。
前田大然は、自らの脚と意志で、世界のトップレベルへと駆け上がってきました。
彼のキャリアは、失敗から立ち上がり、自らの武器を極限まで磨き続けた男の「再生と進化」の物語です。
その頭髪を剃り上げた独特の風貌と、一切の手抜きを許さないスプリント。
ピッチ上で放たれるその熱量は、国境を越えて多くのフットボールファンの胸を打っています。
2026年、北中米W杯の舞台で、進化した「韋駄天」がどのような輝きを放つのか。前田大然の疾走は、これからも止まることはありません。













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