SSラツィオ:イタリア

SSラツィオ

 

SSラツィオ(Società Sportiva Lazio)は、イタリアの首都ローマを拠点とする名門サッカークラブで、1900年1月9日に設立されました。

ローマで最も古いクラブの一つであり、その歴史は成功と苦難の両方に彩られています。

クラブの象徴であるスカイブルーと白のユニフォームは、古代ギリシャへの敬意を表しており、創設者たちがオリンピックの精神に感銘を受けたことに由来します。

ここでは、ラツィオの歴史をたどりつつ、主な所属選手を紹介します。

初期の歴史と成長

ラツィオは当初、陸上競技や水泳などの多様なスポーツクラブとしてスタートしましたが、1901年にサッカー部門が設立され、徐々にその名を広めました。

1927年、ファシスト政権がローマの全クラブを統合してASローマを創設しようとした際、ラツィオは唯一これに抵抗し、独立を保ちました。

この出来事は、後に激しい「ローマダービー」の起源となります。

最初の大きな成功は1958年のコッパ・イタリア優勝で、これがクラブにとって公式な初タイトルとなりました。

しかし、1960年代までは目立った成果を上げられず、上位リーグと下位リーグを行き来する時期が続きました。

初のスクデットと黄金期の到来

1970年代に入ると、ラツィオは飛躍の時を迎えます。

1971年にトンマーゾ・マエストレッリが監督に就任し、ジョルジョ・キナーリアを中心としたチームを構築。

1973-74シーズン、キナーリアの24ゴールに牽引され、ラツィオは初のセリエA優勝(スクデット)を達成しました。

この時期の主力選手には、守備の要であるジュゼッペ・ウィルソンや、中盤を支えたルチアーノ・レアがいました。

しかし、喜びも束の間、マエストレッリ監督の病気やキナーリアの移籍により、クラブは再び低迷期へ突入します。

1980年にはトトネロ事件(試合の不正賭博スキャンダル)でセリエBに強制降格し、さらに1986年の別の賭博事件で9ポイント剥奪の処分を受け、クラブ史上最も暗い時期を経験しました。

それでも、1988年にセリエAに復帰し、1990年代に向けた基盤を整えました。

1990年代~2000年代:最盛期とその後

1992年、セルジオ・クラニョッティが会長に就任し、ラツィオの歴史に革命をもたらしました。

彼は巨額の資金を投じ、スター選手を次々と獲得。1992年にはポール・ガスコインをトッテナムから550万ポンドで獲得し、イギリスでのセリエA人気を高めました。

さらに、フアン・セバスティアン・ベロン(1800万ポンド)、クリスティアン・ビエリ(1900万ポンド)、そして世界記録となる3500万ポンドでエルナン・クレスポを獲得するなど、豪華な陣容を築きました。

1997年にスヴェン・ゴラン・エリクソンが監督に就任すると、ラツィオは黄金期に突入。

1998年にはUEFAカップ決勝に進出し、1999年にはUEFAカップウィナーズカップとUEFAスーパーカップを制覇。

 

 

そして1999-2000シーズン、アレッサンドロ・ネスタ、シニシャ・ミハイロビッチ、パベル・ネドベド、マルセロ・サラスらを擁し、2度目のスクデットを獲得しました。

 

 

この時期のラツィオは、イタリアサッカー界の頂点に君臨し、国際的にも名を馳せました。

しかし、2002年にクラニョッティが経営する企業が破綻し、財政危機に陥ると、主力選手の売却を余儀なくされ、ネスタやクレスポらがクラブを去りました。

2004年にクラウディオ・ロティートが会長に就任し、財政再建に尽力。

以降も低予算ながら、2004年、2009年、2013年、2019年にコッパ・イタリアを制するなど、堅実な成果を残しています。

 

 

主な所属選手

ラツィオの歴史を語る上で欠かせない選手たちを紹介します。

シルビオ・ピオラ(1934-1943)

 

セリエA歴代最多得点記録(274ゴール)を持つ伝説的ストライカー。

ラツィオでは227試合で143ゴールを記録し、1938年ワールドカップではイタリアの優勝に貢献しました。

ジョルジョ・キナーリア(1969-1976)

 

1974年のスクデットを支えたキャプテンで、246試合122ゴール。

強靭なフィジカルと得点力で知られ、ファンから「ロング・ジョン」の愛称で親しまれました。

アレッサンドロ・ネスタ(1993-2002)

 

ラツィオユース出身の名ディフェンダー。

2000年のスクデット獲得に貢献し、401試合出場。優雅な守備とリーダーシップで「クラブの象徴」と称されました。

パベル・ネドベド(1996-2001)

 

チェコ出身の中盤の天才。2000年の優勝に欠かせない存在で、後にユヴェントスでバロンドールを受賞。

ラツィオでは163試合で35ゴールを記録しました。

チーロ・インモービレ(2016-2024)

 

2019-20シーズンに36ゴールでセリエA得点王となり、ピオラのクラブ記録を更新。

セルゲイ・ミリンコビッチ=サビッチ(2015-2023)

 

「イル・セルジェンテ(軍曹)」の愛称で知られるセルビア人MF。

卓越したフィジカルとテクニックで中盤を支配し、339試合で69ゴールを挙げました。

現在のラツィオと未来への展望

 

2025年現在、ラツィオはセリエAの中堅クラブとして安定した地位を築いています。

スタディオ・オリンピコをASローマと共有し、熱狂的なサポーターが集うクルヴァ・ノルドは、クラブの魂とも言える存在です。

歴史的に右翼的なイデオロギーと結びついてきたウルトラスは、時に議論を呼ぶ行動も見られますが、その情熱はラツィオのアイデンティティを形成しています。

ラツィオは2度のスクデット、7度のコッパ・イタリア、欧州タイトルを誇りつつ、財政難やスキャンダルを乗り越えてきたクラブです。

今後も若手育成と賢明な補強で、さらなる成功を目指すでしょう。

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