日本屈指のセンターバックであり、その端正なルックスと圧倒的なリーダーシップで「理想のキャプテン」と称される谷口彰悟選手。
川崎フロンターレの黄金時代を支え、30代にして海外挑戦と代表での地位確立を果たした彼のキャリアは、常に進化を求める不屈の精神に貫かれています。
本記事では、熊本での黎明期から、Jリーグでの栄光、カタール・ベルギーでの挑戦、そして大怪我を乗り越えた現在に至るまでの軌跡を詳しく解説します。
黎明期:熊本の「大津高校」から「筑波大学」へ
谷口彰悟選手は1991年、熊本県に生まれました。
地元の名門・熊本県立大津高等学校に進学すると、守備の要として頭角を現します。
高校卒業後は筑波大学へ進み、4年生時にはキャプテンとしてチームを牽引。
大学サッカー界屈指のセンターバックとして注目を集める一方、端正な顔立ちと知的なプレーから、当時から大きな人気を博していました。
川崎フロンターレ時代:黄金期の象徴として
2014年、谷口選手は川崎フロンターレに加入します。
ルーキーイヤーから即戦力として活躍し、当初はボランチやサイドバックも務めるユーティリティ性を見せましたが、徐々にセンターバックとしての不動の地位を築いていきました。
圧倒的な実績とリーダーシップ
彼が在籍した9年間で、川崎フロンターレはJ1リーグを4度制覇(2017, 2018, 2020, 2021年)し、天皇杯やルヴァンカップも獲得するなど、まさにクラブの「黄金時代」を築き上げました。
2020年からは引退した中村憲剛氏らの後を引き継ぎ、チームキャプテンに就任。
ピッチ内での冷静な守備と、ピッチ外での真摯な振る舞いでチームをまとめ上げ、Jリーグベストイレブンには計4回選出されています。
日本代表への定着と2022年カタールW杯
日本代表としてのキャリアは、2015年の東アジアカップで始まりましたが、当初は国内組としての招集が中心でした。
しかし、Jリーグでの圧倒的なパフォーマンスが認められ、森保ジャパンにおいて重要なバックアッパー、そしてレギュラー候補へと成長します。
カタールで見せた「ベテランの意地」
31歳で迎えた2022年カタールワールドカップ。谷口選手は強豪スペイン戦に先発出場し、三笘薫選手らと共に「三笘の1ミリ」から生まれた逆転劇を最後方で支え、歴史的勝利に大きく貢献しました。
この大会での冷静な対応力は、彼を「国際基準のDF」として改めて世界に知らしめることとなりました。
海外への挑戦:カタールからベルギー、そして試練
2022年末、谷口選手は住み慣れた川崎を離れ、カタールのアル・ラーヤンSCへの完全移籍を決断します。
30代での初海外移籍は異例の挑戦でしたが、中東の屈強なFWを相手に主力として活躍。
2024年7月には、さらなるレベルアップを求めてベルギー1部のシント=トロイデンVV(STVV)へ移籍しました。
アキレス腱断裂という最大の壁
移籍1年目からSTVVで守備の柱となった谷口選手ですが、2024年11月のメヘレン戦で左足アキレス腱を断裂するという、選手生命を脅かす大怪我を負います。
33歳という年齢もあり、一時は長期離脱が危ぶまれましたが、彼は日本での過酷なリハビリを経て、不屈の闘志で復帰を目指しました。
復活の2025-2026シーズン:不屈のキャプテン
2025年夏、怪我を乗り越えた谷口選手はシント=トロイデンのチームキャプテンに就任するという驚異的な信頼を得ました。
2025-2026シーズンが開幕すると、開幕からレギュラーとしてピッチに立ち、安定した守備を披露。
2025年10月には日本代表にも復帰し、34歳にしてなお「日本の壁」として君臨しています。
2026年現在、シント=トロイデンでの契約期間も終盤に差し掛かる中、そのリーダーシップと経験値を求めてJリーグ復帰の噂も絶えませんが、本人は常に「高いレベルでの挑戦」を優先する姿勢を崩していません。
最後に
谷口彰悟のキャリアは、単なる「エリート」の歩みではありません。
国内での成功に甘んじず、30代で未知の海外リーグへ飛び込み、さらに大怪我をも糧にして強くなって戻ってくるその姿は、多くのサッカー選手やファンに勇気を与えています。
2026年ワールドカップ本大会に向け、彼の「進化」はまだ止まることを知りません。













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