ジュリアーノ・シメオネは、アトレティコ・マドリードを長年率いる名将ディエゴ・シメオネを父に持つアルゼンチン代表FWです。
スピードと球際の強さを武器に右サイドを突破するウインガーで、「監督の息子」という立場に頼らず、レンタル移籍先での武者修行と大怪我からの復帰を経て、自らの実力で父が率いるチームのレギュラーの座を掴みました。
リーベル・プレートからアトレティコ・マドリードのカンテラへ
父ディエゴがラツィオに所属していた2002年、イタリア・ローマで生まれたシメオネは、4歳のときに母とともにアルゼンチンへ移り、名門CAリーベル・プレートの下部組織でサッカーを学びました。
2019年9月、リーベル・プレートは残留を望みましたが、本人の希望により父が指揮するアトレティコ・マドリードのカンテラへ加入します。
2021年1月17日、Bチームでのデビュー戦となったセグンダ・ディビシオンBのポブレンセ戦でいきなり得点を記録すると、翌シーズンは34試合で23得点を挙げる活躍を見せました。
この結果、2022年4月20日のグラナダ戦でトップチームデビューを果たし、19歳にして父の指揮下でリーガ・エスパニョーラの試合に出場した3番目に若い選手となっています。
サラゴサとアラベスでのレンタル武者修行、そして大怪我
トップチーム定着には時間が必要と判断され、2022年7月にセグンダ・ディビシオンのレアル・サラゴサへ期限付き移籍しました。
ここでは公式戦37試合に出場して9得点3アシストを記録し、出場機会を通じて経験を積みます。
2023年7月にはアトレティコと2028年までの契約延長を結んだうえで、ラ・リーガに昇格したばかりのデポルティーボ・アラベスへ再びレンタル移籍しました。
しかし開幕前のプレシーズンマッチで相手選手のタックルを受け、脛骨と腓骨の骨折に加えて足首の脱臼という重傷を負い、シーズンの大半を離脱することになります。
2024年1月に復帰を果たすと、同年4月27日のセルタ・デ・ビーゴ戦でラ・リーガ初ゴールを記録し、苦しいシーズンの中でも足跡を残しました。
アトレティコでのブレイクと定位置獲得
2024年6月にレンタル期間を終えてアトレティコへ復帰したシメオネは、同年秋から徐々に出場機会を増やし、11月にはクラブでの初ゴールも記録します。
2024-25シーズンは公式戦47試合に出場して5得点8アシストを記録し、右サイドの主力として定着しました。
2025年1月30日のチャンピオンズリーグ、レッドブル・ザルツブルク戦では1ゴール1アシストの活躍を見せ、この試合で得点とアシストの両方を記録した史上3番目に若い選手(22歳42日)となっています。
2025-26シーズンも成長を続け、2026年1月15日にはアトレティコと2030年までの契約延長に合意しました。
同年4月19日のコパ・デル・レイ決勝ではスターティングメンバーとして出場しましたが、チームはPK戦の末にレアル・ソシエダに敗れ、準優勝に終わっています。
代表デビューとワールドカップ2026
シメオネは2024年7月、U-23アルゼンチン代表としてパリオリンピックに出場し、モロッコ戦でゴールを記録しましたが、チームは準々決勝で敗退しました。
同年11月20日、ワールドカップ南米予選のペルー戦でアルゼンチンA代表デビューを果たし、兄ジョバンニに続いてシメオネ家から2人目の代表選手となります。
その後も代表に定着し、2026年3月のブラジル戦では得点も記録しました。
2026年5月28日、連覇を目指すアルゼンチン代表のワールドカップ本大会メンバー26名に選出され、生まれ故郷のイタリアではなく父の祖国アルゼンチンの一員として、北中米の舞台に立ちます。
プロフィール
| 生年月日 | 2002年12月18日 23歳 |
|---|---|
| 身長 | 173cm |
| 体重 | 75kg |
| 国籍 | アルゼンチン |
| ポジション | FW |



















コメント