愛知県豊川市出身のプロサッカー選手・菅原由勢。名古屋グランパスでキャリアをスタートし、オランダのAZアルクマールで5シーズンにわたって主力として活躍。
その後プレミアリーグのサウサンプトンを経て、現在はドイツ・ブンデスリーガのヴェルダー・ブレーメンでプレーする右サイドバックです。
攻守両面の貢献を当たり前のように続けながら、自らのステージを一段ずつ引き上げてきた選手。
日本代表の右サイドを担う存在として、国内外のサッカーファンからの注目はひときわ大きなものがあります。
原点と学生時代
友達の誘いで5歳のときにサッカーを始め、小学生時代はASラランジャ豊川でプレーしていた菅原由勢。
中学時代から名古屋グランパスのユースチームに参加し、着実に力をつけていきました。
名古屋のアカデミーで磨かれた技術と判断力は、早い段階からその片鱗を見せていました。
ユース時代のチームメイトには後に代表の常連となる選手たちが並び、互いに刺激を与え合いながら成長する環境がそこにはありました。
そして菅原は、そのなかでも頭一つ抜けた存在として頭角を現していきます。
2018年2月23日、名古屋グランパスから2種登録されたことが発表され、その翌日に開催された2018年シーズンのJ1リーグ開幕戦・対ガンバ大阪戦でスタメンフル出場。
17歳7か月27日でのJ1リーグ開幕戦先発は史上2位の記録でした。
登録された翌日にいきなり開幕スタメンを飾るという、常人では想像もできない飛び込み方でプロの世界に足を踏み入れたのです。
その後、2018年3月31日の第5節出場によりプロA契約締結条件を満たし、同年4月6日に名古屋とプロ契約。
17歳10か月でのプロ契約は名古屋グランパス史上最年少の記録となりました。
プロ入り後の歩みと転機
名古屋でプロとしての一歩を踏み出した菅原に、すぐ海外への扉が開きます。
2019年6月18日、オランダ1部のAZアルクマールへの期限付き移籍が発表されました。
7月25日にはUEFAヨーロッパリーグ予選でいきなり出場機会を得ると、8月4日の開幕戦では移籍後初ゴールも記録。
19歳の若者が異国のピッチでスムーズに実力を示しました。
AZでの活躍はすぐに評価を得ます。2020年2月、AZは買取オプションを行使し、翌シーズンからの完全移籍が決定。
2025年夏までの5年契約となりました。期限付き移籍からわずか半年余りでの完全移籍決定は、クラブ側の期待の大きさを示す出来事でした。
AZで過ごした5年間は、菅原のキャリアの核心です。
19歳という若さでUEFAヨーロッパリーグにも出場し、マンチェスター・ユナイテッドとも対峙する経験を積みました。
右サイドバックとしての地位を固めながら、2022年1月には「ヨハン・クライフ・タレント・オブ・ザ・マンス」の月間若手MVP、2023年8月にはエールディヴィジの月間ベストイレブンにも選出。
オランダのフットボール界で確かな評価を積み上げていきました。
AZ最終シーズンの2023-24シーズンには、公式戦42試合で4ゴール9アシストを記録し、リーグ公式の月間ベストイレブンに4度選出。
その活躍はヨーロッパ各国の名門クラブの目を引き、セリエA王者インテルやヨーロッパリーグ覇者アタランタ、プレミアリーグのエヴァートンなど複数のクラブから獲得への関心が寄せられる状況となりました。
行き先はプレミアリーグのサウサンプトンでした。
2024年7月14日、サウサンプトンFCへの完全移籍が発表され、2028年6月までの4年契約となりました。
菅原は5年間を振り返り、「言い表せないような道のりでした。アルクマールにはじめて来た日のことを覚えています。どんなことが起きるのか全く見当もつかなかったです。とにかくAZのユニフォームを着てここでプレーしたい、ただそれだけでした」と語っています。
しかし、サウサンプトンはそのシーズンに2部へ降格。
新たな選択が求められるなかで、2025年8月、ヴェルダー・ブレーメンへの期限付き移籍が発表されました。
日本代表の正右サイドバックとして北中米ワールドカップを目指すには5大リーグでの出場が必要という現実を前に、菅原は迷わず前へ進みました。
ブレーメンでレギュラーに定着したことを受け、クラブは完全移籍に向けた買取オプション行使を検討しているとも伝えられています。
プレースタイルの特徴と主な実績
右サイドバックを主戦場とし、センターバックやミッドフィールダーとしても対応できる汎用性の高さが菅原の特徴のひとつ。
高い身体能力を活かした守備力と、サイドからの精度の高いクロスによる攻撃参加を両立させる現代型サイドバックとして評価されています。
守ってよし、攻めてよし。ハードワークをいとわない運動量もその魅力を支えています。
AZ在籍中にはUEFAヨーロッパリーグへの継続出場を経験し、オランダ国内では「エールディヴィジで最も過小評価されている選手の一人」とも称されました。
代表歴も各年代で積み重ねてきたものがあります。2017年にはU-17ワールドカップ、2019年にはU-20ワールドカップにも出場し、年代別代表の時代から一貫して日本代表のサイドバック候補として名前が挙がり続けてきました。
シニアの日本代表としては、2020年にデビューし、代表の右サイドを担う存在として定着。
攻撃時の高精度なクロスと、守備時の粘り強い対応の両方が評価されており、森保監督体制における右サイドバックのレギュラー争いの中心人物であり続けています。
まとめ
5歳でボールを蹴り始めた豊川の少年が、17歳でJ1のピッチに立ち、19歳でオランダへ渡り、プレミアリーグを経てドイツでプレーする。
菅原由勢のキャリアは、それぞれの局面で結果を出し続けることで次の扉を自分で開いてきた歴史です。
「過去の困難な状況から、将来のことを考えすぎず、今に集中することを学びました。今置かれている状況で良いパフォーマンスを発揮したら、他のことは後からついてきます」。
本人のこの言葉が、菅原という選手の本質を表しています。
先を見据えながら、足元の一試合に全力を傾ける姿勢。
それがヨーロッパの舞台で積み重ねた信頼の源であり、日本代表の右サイドを担い続ける理由でもあります。
北中米ワールドカップに向けた戦いのなかで、菅原由勢がどんな存在感を示すのか。
その答えを、ブンデスリーガのピッチで刻んでいる最中です。





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