酒井宏樹:日本

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185cmの長身と爆発的なスプリントから繰り出すアーリークロス。

酒井宏樹はそれまでの日本サッカー界にはいなかったタイプのサイドバックとして、ドイツ・フランスの舞台を9シーズン渡り歩き、ワールドカップ3大会に出場した日本を代表するDF(ディフェンダー)です。

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柏レイソル:黄金世代の一員として

1990年4月12日、長野県中野市生まれ。

幼いころに千葉県柏市へ転居し、年の離れた兄2人の影響でサッカーを始めました。

小学3年生のときに地元クラブチームへ入団し、小学6年生のころに練習参加がきっかけとなって柏レイソルの下部組織へ入ることになります。

中学入学時にはサイドハーフとしてプレーしていましたが、中学3年生ごろにサイドバックへ転向。

ディフェンスラインの裏へ出るタイミングの良さと、スペースへ走る選手にクロスを合わせる独特の感覚を指導者に評価され、現在のプレースタイルの土台を作りました。

 

 

2011年シーズン、右サイドバックとしてレアンドロ・ドミンゲスと強力なコンビを形成してレギュラーに定着すると、一気に大ブレイク。

Jリーグ史上初となる昇格初年度でのJ1優勝に貢献し、ベストイレブンとベストヤングプレーヤー賞を同時受賞しました。

ハノーファー:ブンデスリーガで磨いた守備力

輝かしい活躍はヨーロッパのスカウト陣を動かしました。

2012年7月、ドルトムントなど複数クラブからの獲得オファーが殺到する争奪戦を経て、移籍金約100万ユーロでハノーファー96へ加入。

移籍直後に参加したロンドン五輪では初戦で左足首を捻挫しながらも、決勝トーナメントからスターティングメンバーに復帰しベスト4進出へ貢献しました。

2013〜14シーズンからは右サイドバックの定位置を確保。

 

 

第11節ヴェルダー・ブレーメン戦では30メートルの距離から無回転シュートをネットへ沈め、ブンデスリーガ初得点を記録するなど存在感を高めていきました。

チームは最終的に2部降格となりましたが、4シーズンにわたるドイツでの経験が次のステージへの糧となります。

マルセイユ:フランスで手にした絶対的な信頼

2016年6月、セルティックやアヤックスなど複数クラブからのオファーを断り、日本代表監督ハリルホジッチのアドバイスも参考にしながらオリンピック・マルセイユへの移籍を選択。

移籍1年目はフィールドプレーヤーで出場時間が最多となる35試合(3012分)を記録。

右サイドでコンビを組んだトヴァンから「酒井のおかげで良いシーズンが過ごせた」と称えられ、監督からも絶賛を受けました。

 

 

この活躍はファン投票による年間MVPにも輝くほどで、マルセイユ在籍5年間で145試合に出場しました。

2018年のロシアワールドカップでは全4試合にフル出場し、チームのベスト16進出に貢献。

仏レキップ紙がW杯で記録を残した外国人選手7人の中に選出するなど、国際的な評価も高まりました。

浦和レッズとオークランドFC:キャプテンとして刻んだ新章

2021年6月に浦和レッズへ完全移籍しJリーグへ帰還。

2023年にはキャプテンとしてAFCチャンピオンズリーグ制覇を果たし、大会MVPを受賞しました。

 

 

さらなる挑戦を求め、2024年7月にはオーストラリア・Aリーグのオークランドへ移籍。

キャプテンとしてチームを牽引し、創設1年目にして レギュラーシーズン優勝という歴史的快挙を成し遂げました。

 

 

まとめ

柏の街で育ち、ドイツ・フランスで9シーズンを戦い、日本へ戻ってACLを制覇し、さらにオセアニアへ新天地を求めた酒井宏樹。

どのステージでも「常に高い負荷の中に自分を置く」という信念を体現し続けたそのキャリアは、日本人サイドバックの可能性を塗り替えた軌跡として語り継がれていくでしょう。

この記事を書いた人
golazo

国内外のサッカーを長年追い続けるサッカーファン。
Jリーグ、海外リーグ、代表戦から学生サッカーまで幅広く観戦し、 独自の視点で試合や選手の魅力を伝えています。

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