塩貝健人は東京都出身のフォワードで、時速36キロを超えるスピードとセンターフォワードとしての得点感覚を併せ持つストライカーです。
慶應義塾大学在学中に横浜F・マリノスでプロデビューを果たすと、オランダのNECナイメヘンで得点を重ね、わずか1年半でドイツ・ブンデスリーガのVfLヴォルフスブルクへとステップアップしました。
2026年には日本代表としてワールドカップの舞台にも立っています。
慶應義塾大学からマリノス特別指定、そして海外挑戦へ
横浜FCジュニアユースからユースへの昇格がかなわなかった塩貝は、スポーツ推薦で國學院大學久我山高校へ進みました。
高校1年時はCチームからのスタートでしたが、3年次の冬に東京都予選準決勝の帝京高校戦で2得点を挙げて選手権本大会出場に貢献し、一気に評価を高めます。
高校選抜にも選ばれ、複数のJクラブから練習参加のオファーを受けました。
2023年には総合型選抜で慶應義塾大学法学部に進学し、体育会サッカー部に加入しました。
1年次から背番号10を託されると、関東大学リーグ3部で15得点を挙げて得点王となり、チームの3部優勝にも貢献しています。
この活躍が評価され、2024年1月には大学在学のまま横浜F・マリノスへの加入内定と特別指定選手認定が発表されました。
同年4月10日、ガンバ大阪戦でJ1リーグ初出場を果たすと、中2日で迎えた湘南ベルマーレ戦ではスタメンでJ1初ゴールも記録しています。
NECナイメヘンでの覚醒とヴォルフスブルクへのステップアップ
2024年8月、塩貝は大学を休学しサッカー部も退部して、オランダ・エールディヴィジのNECナイメヘンへ4年契約で加入しました。
1年目のシーズンは途中出場を中心に結果を残し、2025年2月1日には首位を走るPSV戦で、終了間際に相手のバックパスを奪ってリーグ戦初ゴールをマークし、チームの勝ち点1獲得に貢献しています。
途中出場からの得点感覚はオランダでも際立ち、その評価が海を渡る形で実を結びました。
2026年1月20日、塩貝はブンデスリーガのVfLヴォルフスブルクへ完全移籍し、2030年6月30日までの契約を結びました。
契約解除条項に基づく移籍で、その額は推定950万ユーロと伝えられています。
加入からわずか1か月あまりの2月21日には、アウクスブルク戦でブンデスリーガ初ゴールを記録しました。
ヴォルフスブルクでの日々とクラブの2部降格
新天地でも出場機会を得ていったものの、チームは2025-26シーズンのブンデスリーガで5勝6分15敗の勝ち点21にとどまり、下位に低迷しました。
3月には監督が交代する事態となり、最終的にリーグ16位で終えたヴォルフスブルクは、2部の3位パーダーボルンとの入れ替えプレーオフに回ることになります。
1stレグをスコアレスドローで終えると、迎えた2ndレグは前半に退場者を出す苦しい展開となり、延長戦の末に決勝点を許して2試合合計1-2で敗れました。
延長戦から途中出場していた塩貝も、1997年以来となるクラブの2部降格の瞬間をピッチで迎えることになりました。
代表デビューとワールドカップ2026
2026年3月19日、塩貝はイギリス遠征に臨む日本代表メンバーに初招集されました。
同月28日のスコットランド戦では78分に途中出場してA代表デビューを飾ると、84分には伊東純也の決勝ゴールをアシストし、勝利に貢献しています。
この実績が評価され、5月15日にはワールドカップ2026に臨む26人の代表メンバーに選出されました。
大会ではグループステージ初戦のオランダ戦の終盤に途中出場してワールドカップデビューを果たし、1998年フランス大会の小野伸二に次ぐ日本史上2番目の若さでの出場となりました。
日本は1勝2分けでグループFを2位通過し、決勝トーナメント1回戦でブラジルと対戦しましたが、この試合には出場せず、チームは1-2で敗れて大会を終えています。
試合前には対戦相手について踏み込んだ発言をして海外メディアの注目を集める場面もありましたが、本人は特定の選手やチームを軽視する意図はなかったと説明しています。
プロフィール
| 生年月日 | 2005年3月26日 21歳 |
|---|---|
| 身長 | 180cm |
| 体重 | 77kg |
| 国籍 | 日本 |
| ポジション | FW(センターフォワード) |






















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