大迫勇也:日本

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183cmの体躯を活かした圧倒的なポストプレー、前線からの献身的な守備、そしてゴール前での冷静な決定力。

大迫勇也はその万能性によって、鹿島アントラーズ、ドイツブンデスリーガ、日本代表と、あらゆる舞台で不可欠な存在であり続けてきました。

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高校選手権で伝説を刻む:「半端ない」の原点

1990年5月18日、鹿児島県生まれ。万世サッカースポーツ少年団でボールを蹴り始め、鹿児島育英館中学を経て鹿児島城西高等学校へ進学。

1年生の5月から試合に絡むなど早くから頭角を現しました。

最大の転機は3年生の冬に訪れます。

第87回全国高等学校サッカー選手権大会で大会史上初の4試合連続2得点を記録し、最終的に10得点10アシストという大会新記録を樹立。

 

 

準々決勝で対戦した滝川第二の主将が試合後に叫んだ「大迫、半端ないって!」というフレーズが後に全国へ広まりました。

この10得点という記録は10年以上が経過した現在も破られていません。

鹿島アントラーズ:常勝軍団で磨いた総合力

高校卒業後は複数のクラブが争奪戦を繰り広げる中、鹿島アントラーズへ加入。

入団会見には報道陣が100人以上集まるほどの注目を浴びました。

プロ入り当初はゴール数こそ限られていましたが、2013年には33試合19得点を記録し、自身初の2桁ゴールを達成。

 

 

常勝を義務づけられたクラブの厳しい環境が、ポストプレー・守備・ヘディングとすべてを高水準でこなす万能型ストライカーとしての土台を形成しました。

ドイツへ:ケルンで定めた欧州での居場所

2014年1月にドイツ2部のTSV1860ミュンヘンへ移籍。

わずか5カ月の在籍ながら15試合6得点を挙げ、同年6月にはブンデスリーガ1部に昇格したばかりの1.FCケルンと契約を結びました。

ケルンではFWだけでなくサイドハーフ、トップ下、時にはボランチまで担うユーティリティ性を発揮。

2016〜17シーズンには最終節で試合終了間際に決勝点を挙げ、UEFAヨーロッパリーグの出場権獲得に貢献しました。

 

 

ロシアW杯とブレーメン:代表エースとしての頂点

2018年5月、ケルンの2部降格に伴いヴェルダー・ブレーメンへ移籍。

同年のロシアワールドカップではグループリーグ初戦のコロンビア戦でコーナーキックから決勝ゴールを挙げ、マン・オブ・ザ・マッチに選出。

 

 

日本の決勝トーナメント進出に大きく寄与しました。

「大迫半端ないって」という言葉はこの活躍で再びSNSを席巻し、同年の流行語大賞にもノミネートされます。

ヴィッセル神戸:J1得点王とMVPで有終の帰還

2021年8月、ブレーメンからヴィッセル神戸へ完全移籍。

7年半ぶりの国内復帰となりました。

そして真の輝きを取り戻したのが2023年です。

 

 

リーグ戦34試合22得点でJ1得点王に輝き、クラブ史上初のリーグ優勝を牽引。

ベストイレブンと最優秀選手賞も受賞し、個人タイトル3冠を達成しました。

まとめ

高校の選手権で伝説を作り、鹿島で礎を築き、ドイツで7年半を戦い抜いて帰国後にMVPをつかんだ大迫勇也。

その歩みは、どの舞台でも求められる仕事を黙々と全うし続けた、プロフェッショナルの記録です。

背番号10を纏い神戸で今なおゴールを追い求めるその姿は、「半端ない」という形容がまったく色あせないことを証明し続けています。

この記事を書いた人
golazo

国内外のサッカーを長年追い続けるサッカーファン。
Jリーグ、海外リーグ、代表戦から学生サッカーまで幅広く観戦し、 独自の視点で試合や選手の魅力を伝えています。

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