鈴木優磨:日本

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威圧感漂う強靭なフィジカルと、ゴール前での嗅覚、そして誰よりも熱いメンタリティ。

鈴木優磨は「ヤンチャ」と評されながらも、鹿島アントラーズ一筋で育った魂がベルギーでの修行を経てさらに研ぎ澄まされ、今や常勝軍団に欠かせない絶対的エースとして君臨しています。

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銚子から鹿島へ:祖父の送迎で育んだサッカー人生

1996年4月26日、千葉県銚子市生まれ。小学校1年生から鹿島アントラーズのスクールに通い始め、小学4年生のときに正式なジュニアチームへ選抜されます。

自宅から練習場まで祖父が週4日、1時間かけて送迎し続けました。

その献身がなければ、後の鈴木優磨は存在しなかったかもしれません。

中学・ユース時代はヤンチャな一面があり、非行の道に進みそうになった時期もありましたが、そのたびにコーチが道を正してくれたといいます。

ユース時代の2014年にはJユースカップ優勝に貢献し、2015年にトップチームへの昇格を果たしました。

鹿島でのブレイクとACL制覇:大会MVPという勲章

2015年9月のガンバ大阪戦でJ1初出場・初得点を決めると、翌2016年にはJリーグチャンピオンシップとFIFAクラブワールドカップに出場。

準決勝でゴールを決めた後にクリスティアーノ・ロナウドのパフォーマンスを真似たことで、スペインメディアからも取材を受けました。

躍進のピークは2018年です。

 

 

鹿島初のAFCチャンピオンズリーグ優勝を達成し、大会14試合全試合に出場して大会MVPを受賞。

同年11月には日本代表にも初招集されましたが、ACL決勝での負傷により辞退となりました。

ベルギー・シント=トロイデンへ:海外で磨いた得点力

2019年7月、ベルギー1部のシント=トロイデンVVへ移籍し海外に活躍の場を移します。

移籍初年度は24試合7ゴールにとどまりましたが 、翌2020〜21シーズンには34試合17ゴールというキャリアハイを記録し、一躍ベルギーリーグを代表するストライカーへと成長しました。

 

 

その後セリエA移籍を熱望するも実現せず、紆余曲折を経て2022年1月に鹿島へ完全移籍で帰還します。

古巣復帰と悲願のJ1制覇:「報われた」4年間

 

復帰後の2022年は7得点9アシストを記録。

9アシスト全てが流れの中から生まれたものという質の高さが評価され、Jリーグ優秀選手賞を受賞しました。

その後も2023年・2024年と3年連続で同賞を受賞し、2024年にはJリーグでのキャリアハイとなる15ゴールを挙げます。

そして2025年、鈴木は復帰後4年間追い求めた悲願を手にします。

 

 

J1制覇を成し遂げた直後、「長かった…今は報われた気持ち」と声を詰まらせました。

小笠原満男が12年間背負った背番号40を継承し、クラブの象徴として鹿島を頂点へと導いた瞬間でした。

まとめ

祖父の送迎とコーチの叱咤で育ち、ACL制覇・大会MVP・J1優勝と鹿島の歴史的勝利の場に必ず名を刻んできた鈴木優磨。

荒削りな言動が注目を集めることもありますが、その言動を支える実力と覚悟こそが、彼を「鹿島のエース」たらしめている最大の理由です。

この記事を書いた人
golazo

国内外のサッカーを長年追い続けるサッカーファン。
Jリーグ、海外リーグ、代表戦から学生サッカーまで幅広く観戦し、 独自の視点で試合や選手の魅力を伝えています。

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